2016年07月29日
下田への旅(その1)




暑中お見舞い申し上げます。
先週、熊本と鍵島島に行っていました。相当に暑かったが、ここ小山町は涼しく
我が家では扇風機すら回さないでいます。
皆様方のところは如何ですか?
今頃で恐縮ですが、4月29日から5月1日の伊豆の旅のことについて書いてみまし
たので送ります。
愛媛県庁の友人が静岡県を訪ねてくる。リクエストは温泉だ。”フ ル”マラソ
ンはできないが”フ ロ”マラソンは大好き、2泊3日の旅程 で来られるから、
その間いくつの温泉に案内できるかがポイントだ。
これまで修善寺、寸又峡、焼津、富士、小山熱海、伊東、熱川、天城湯ヶ島を案
内してきた。今回が5回 目となる。
すっかり静岡県ファンになった彼らからは「下田と西伊豆に連れて行け」とリクエストが入る。
更に金谷旅館の千人風呂と海が一望できる露天風呂に入りたいと具体的な依頼がある。
これまで「溝口企画に間違いなし」と言われているだけに腕が鳴る。
キーポイントは場所ではなく、誰を訪ね、構ってもらうかだ。
下田と言えばNPO伊豆のせんたんコンシェルジュを主宰する増田健太朗さんだ
し、 西伊豆と言えば役場の松浦城太郎さんだ。
宿の紹介とできれば夕食を共に、そして町の案内もというのが彼らへのリクエス
トだ。
羽田空港経由で来た彼らを小田原でピックアップした。ここでの案 内は小田原
市役所OBの 三廻部さんに頼んであった。
向かうは小田原城だ。耐震補強と展示を一新した天守閣は雨上がりの青空をバッ
クに真っ白に輝いていた。
5月1日がリニュアール オープン、行ったこの日は4月29日、 関係者がちらほら
内覧している姿が目に入る。
たまたま館長が出てきたのを目にした三廻部さん、猛然とダッシュ。遠来から来
ている人のために特別に関係者枠で入らせていただいた。
(つづく)
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22:00
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2016年07月14日
ななつ星と森村橋







ななつ星の名がまだない、企画の時に当時JR九 州社長の唐池さんが社員に豪華
寝台列車の企画を話したときに、社員は「やってやれないことはないけど、やりたくはない」の回答だった。
多くの仕事はそうだろう。「やりたくない」をやれない理由に置き換えての言葉が次々と出てくる。
町長からの指示というか夢への役場職員の多くの回答はそうだろう。たとえ口に
しないとして も行動が興ってこない。
そこに町長直属のまちづくり専門監の小生の役割がある。問題点を挙げる能力が
著しく低いせいか、どのようにすればできるかのイメージはすぐに湧くように脳が働くようにできている。
JR九州の唐池会長から頂戴した自著の「鉄客商売」~JR九州大躍進の極意~
を読むと形にすることのモチベーションがもりもりと高まっていくのである。
近く、我が町にある明治39年に架 けられた錆び付いた鉄橋森村橋の修復に手をつける。
当時の渡り初めの式には紋付き袴の人達の姿が意気揚々としてある。
橋の頭にはアールヌーボー調の装飾に、素敵なランプ、森村橋と誇らしげに橋名
板がついていた。
今は、それらは無い。使ってもいないのだから錆びついた橋なんぞ落としてしまえとの声はあるが、
そこはこの橋の大切さに気づいた役場職員の土屋さんが大奮闘して国の登録文化財としたがために、
取り敢えず落とすことなく放置の状況が続いていた。
これを何とかしてくれが町長指示だ。予算の確保からスタートには、そこそこのドラマと運がある。
その事は改めて書くことにする。
早速、明日7月15日に森村橋の修復・修景設計者を決めるために実施するプロポーザルの説明会を開く。
その時に言いたいことがある。
「修復された森村橋の姿を目にした人が感動で涙する姿を見たい。それを叶える設計を求める」とね。
「鉄客商売」にある「ななつ星の七不思議」の筆頭に書かれている「その1ななつ星の走っている姿を沿線から
眺めるだけで涙ぐむ方々がいる」なにもななつ星の中で玉ねぎを剥いているわけではない。
もう運行開始から二年以上経っているのに、もう何度も見ているのになぜか目が潤んでくるというのだ。
「こんなに感動的で素晴らしい、世界一の列車が日本で走るなんて。
しかも九州の各地を巡るなんて」。予約の抽選に当たった客も電話口で泣き出す
人もいる。乗ったときにはラウンジカーでのフェアウェルパーティーは全員が号泣する。
ななつ星にはデザイナーの水戸岡鋭治さんはじめ、車両製作にあたった何千人と
いう職人さん たちの熱き想いが入っている。
クルーたちのななつ星にかける健気な気持ちも込められている。JR九州グルー
プ全社員の夢と希望が詰まっている。
熱き想いと健気な気持ちと夢と希望。これらを「気」と呼ぼう‼ ななつ星には
「気」がぎっしりと詰め込まれているのだ。
気は英語でエネルギー。ななつ星のエネルギーが見る人、乗る人に伝わると変化を起こす。
エネルギーの変化だ。
どういうエネルギーに変化するか。それは、感動というエネルギーに変わるのだ。
ここの一文を森村橋に投影するのだ。平成30年春にその姿を皆様にお見せできる
こ とを夢見ている。
その時には是非森村橋の「気」に会いに来てくださいませ。
森村橋のことは、http://www.fuji-oyama.jp
/kankoubunka_spot_culture_M4txzAVx.html
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23:02
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2016年07月09日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その8)




宴 もたけなわ、いったん会食の会場を閉じ、玉の湯の談話室に移動になった。
そこにとてつもないサプライズが待っていた。
ななつ星の中で生演奏をしてくれていたバイオリニストの大迫さんとピアニスト
の伝さんが待っているではないか!演奏の準備は整っていた。
酒に赤らんだ顔がさらに上気した。そして演奏してくれる曲が、ななつ星の中
で個々がリクエストした曲なのだ。
なんと、その時の記録が残されているのか!サプライズが怒涛のように押し寄せてくる。
演じてくれた曲は斉藤和義の「歌うたいのバラッド」、その時の場面が記憶の
奥から湧き上がってくる。
目に溢れる涙は頬を拭わなくてはならないほどだけど、流れるに任せていた。
この日はラウンジ金星から玉の湯にまでななつ星流の気に入ったおもてなしに
感動されっぱなしだった。
そして、とどめは自宅に届いた会長からのお手紙と贈り物だった。
皆 は僕に言った「また、来年もやって欲しい」って。
ななつ星のクルーの皆さんが「もう、勘弁してー」なんて思われないようなタイ
ミングを見計らってやりましょうか?
いやいや、次回は私たちがクルーの皆様をもてなさなくてはね。と思わずにはお
られなかった。(おしまい)
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23:05
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2016年07月08日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その7)










セ ブンスターズの乾杯の掛け声の前に唐池会長の挨拶があった。
「ここにお集まりの皆さまはななつ星のスタートの記念すべき、
他のお客さんには言っていないがJR九州にとって最も大切なお客さんです。
って実は毎回言っているんですが(笑 い)
2013年10月15日、 準備万端で臨んだとき、クルーの皆はやりとげた安ど感と
不安が織り交ざっていました。お客様自身がななつ星を盛り上げ、
クルーにサービスをしていただいたものと思っています。
ななつ星はお客様に支えられて日本サービス大賞を6月13日に阿部首相から直々
にいただ いた。
熊本地震からの立ちあがりのこと、地方創生、日本おもてなしの手本のようなも
のとも言ってもらえました。
この場で披露できることがとても嬉しいことです。」
そして「セブンスターズ」、皆の杯が高々と上げられななつ星の日本サービス大
賞の受賞を大いに祝った。
皆にスピーチを回したら、当日からその後に起こったななつ星にまつわるお話を
された。
JR九州提供のお酒に加え、小生も我が町長から持たせていただいた磯自慢の大吟醸を
皆に召し上がっていただくことができた。(つづく)
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22:31
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2016年07月07日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その6)






川土手を金鱗湖に向かって、更に進む。湖と言うより限りなく池なのに、それにキンリンコ
と名付けた云われや、由布院の神話と、話のネタは尽きない。
金 鱗湖そばには由布院の宿の御三家のひとつ「亀の井別荘」がある。茅葺の門
の先に宿がある。
できれば、皆さんにお見せしたいと思い、チェックインの時間帯の少し前だから
ということもあり、フロントに皆を案内し、できれば宿の中を見せてもらえないだろうかと頼んだ。
「先のお客になる方々だから」と言ってね。
主の中谷健太郎さんから長男の太郎さんに経営を引き継いだこともあって、
フロントは大きく模様替えされていた。
各離れの客室の外観は変わってはいない。各室が内風呂を構え、水廻りはこまめ
な手入れが必要になることもあってかちょくちょく手が入れられている。
玉の湯のおおらかなデザインに対し、亀の井別荘は隙のない数寄屋が基調になっている。
庭のつくりから個々の離れが皆さんとても気に入ったようだった。極めつけは談話室。
天井まである書棚を埋め尽くす本、大きなホーンの付いた蓄音機、暖炉、骨董の
調度品の数々、中谷イズムの集積がここにはある。
もし次の同窓会があるのならば宿は「亀の井別荘」にするつもりだ。
天井桟敷でお茶をしていただき、玉の湯に戻ったのは16時半を回り、18時の会食
までに湯にゆっくり浸かっていただくことにした。
会食会場に行くとそこにはななつ星のクルーの仲さん、小川さん、川内谷さん、
長友さんが待っていてくれた。
「え!会食もお付き合いいただけるのか」唐池会長だけだと思っていただけに、
皆も大喜びだった。
(つづく)
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22:28
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2016年07月06日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その5)





ゆふいんの森号が駅に着くと待合室兼ギャラリーのアートホールには由布院温
泉観光協会事務局長の生野さんが待っていてくれた。
そう、小生の次の次の局長だ。歓迎の挨拶、そして地震時の由布院駅での駅長の
的確な判断が、ガラスが割れ落ちてきても
負傷者が出さなかったことの話に続いた。今回の地震は昭和51年のときよりも大
きなものだったけど、幸い負傷者は出なかった。
もちろん、震災後2か 月では町にいつもの賑わいはない。個人客は来るが、旅
行社を通しての旅客は戻っていない。
まずは、今日の宿「玉の湯」に向かう。ここに行くと「Qさん、おかえりー」から始まる
のが何よりも嬉しい。ちょうど、20年前まちなかを自転車で走り回っていた。
ほんの前のように感じるが、その後は湯布院町から由布市への合併大騒動、
ネット社会、インバウンド、そして今回の大地震、
この地にいたらその大変化に対応できていただろうかとふと思うのである。
夜 にはまだ時間がある。予め由布院散策ガイドを前旅館組合長の渕上さんに頼
んでおいた。
渕上さんは福岡からやってきて、旅館を建するに当たり旅館組合と協議しなくては
ならないようになっていたから、
当時旅館組合の事務局長でもあった小生が「ゆふいんの流儀」に合わせて設計し
てねと、当時観光協会が作成途中の「ゆふいん建築・環境ガイドブック」を片手に
イチャイチャ注文を出した。できた旅館は由布岳を目前に望む「彩岳館」、
なかなかの人気の宿になっている。
渕 上さんのガイドで皆は歩き出した。大分川に掛かる城橋では「なぜ、上流側
と下流側の歩道の幅がちがうのでしょう?」皆???。
内科医の大坂さんが「橋のギャラリーでは?」「せ、正解!!由布岳を見るに
も、眼下にある三角州で行わる祭りの時の源流太鼓の演奏、
蝗攘祭りの時に松明をぶち込む大焚火の場になるから」もちろん、小生はわかっ
てますぜ。
「手すりのこの微妙なカーブは肘をついて由布岳を見るにその台に具合のいいよ
うに造ってあるのです。」クイズでガイドはなかなか面白い!
(つづく)
Posted by Qさん 大魔人 at
22:23
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2016年07月05日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その4)






「ゆふいんの森号」に乗り込んだ我々は、本当に話し込んだ。まるで学校の同窓生のように。
“同窓”の廣郡さんからのお便りに「旅行時とは一味異なった参集の方々の間に育
まれた親近感に、
誰彼となく会話が弾み、まるで修学旅行の思い出話でもしているような有様で、
長い人生の中での一瞬のイベント、
出会いでかくも強い連帯感が生まれるものかと感動いたしました。」とあった。
旅の時はそれほど会話を交わしていなかったけど、3泊4日の道程は共通の思い出
を地下 にマグマ如く蓄えさせていた。
ななつ星のおかげか、ゆふいんの森号にまで手を振ってくれる場面に出くわし
た。単純なことだけど、何かとても嬉しく、旅の気分を高揚させてくれる。
スピードを落とすと、進行方向右手に見えるは「慈恩の滝」だ、雨量が多いため
相当な迫力を持って流れ落ちている。
見所の徐行運転だけじゃなく、車内での女性のクルーが写真撮影もしてくれる。
いよいよ、由布院に入ってきた。ところどころに屋根の上にブルーシートが見
られる。のし瓦が落ちているのだ。
家の倒壊こそないが、地震の爪痕がしっかり刻み込まれている。今回の旅はなな
つ星の同窓会だけじゃない、地震見舞い、ゆふいん文化記録映画祭への参加もある。
由布院駅の塔の部分の ガラスが割れたことが大きく報道されていたから、どう
なっているかも気がかりだっ た。(つづく)
Posted by Qさん 大魔人 at
07:47
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2016年07月01日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その3)





6月24日9:30に博多駅のななつ星 専用ラウンジ金星に小生を含め10名が集合し
た。後に由布院駅で2名 合流し計12名の参集となっ た。
JR九州は、ラウンジぐらいは特別に貸してくれるだろうなとは 思っていた。
それが、ラウンジ前には「ようこそ、お帰りなさい」
と当時のクルーの面々が待っていてくれるではないか。
中に入っていくとピアノからは音が、ドリンクもスイーツのサービスもななつ
星に乗るときに見たシーンが広がっている。
思わず涙腺が崩壊しそうになった。
椅 子には懐かし面々が、ななつ星のピンバッチを付けドレスコードがあるかの
如くの姿でいた。
げ、小生はブルーの半袖シャツ、これじゃまるで添乗員みたいだ。
ピンバッチも裏地に大島紬をあしらったななつ星特製吉田カバン製のショルダー
バックも何も持ってきていない。
ああ ななつ星の集まりがフツウの同窓会の集まりで、特別の場であることの意
識が欠如していた。
当時からさらに進化したスイーツそして発泡系のドリンクがななつ星の器に、
そしてグラスに注がれ目の前に置かれる。
水を注ぐと膨張するおしぼりは変わらず出てきた。
同窓会開会の挨拶、そして乾杯の音頭をお願いされ、皆の前に立った。この時に
乾杯の発生はななつ星流と言われ ていた。
それが何のことかは忘却のかなたにあった。
ちなみに我が小山町の商工会関係の集まりでは「完敗」ではなく「完売」と言う
ことになっている。
挨拶で気分が舞い上がっているだけに、乾杯の言葉にまで気が回らずそのまま声
を発したところ、ストップがかかった。
写真撮影は「チーズ」ではなく「ナナツホシー」、乾杯は「セブンスターズ」なのだ。
気を取り直して、皆一斉に「7STARS」、シャンパンが喉を心地よく刺激
し、五臓六腑に染み渡ってゆく。
いよいよ我々の旅のスタートだ。ななつ星専用の通路には、な、なんとレッド
カーペットまでが敷かれていた。
敷きっぱなしではないのでこのため、わずか10名のために用意してくれたのだ。
またまた目頭が熱くなる。
待ち構えるはワインレッドの車体ではなくモスグリーンの「ゆふいんの森号」だ。
ラウンジから車内まで運んでいたいただいたバッグにはななつ星のタグがさりげ
なく付けられていた。
車 内に落ち着いた我々を待っていたのはクルーはじめJR社員の見送りだ。20
人はいたであろう。
ここまで、やってくれるのかと、大いに感動したが、それはまだまだほんの序の
口であったことに後で気づかされることになる。(つづく)
Posted by Qさん 大魔人 at
22:19
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2016年07月01日
ななつ星IN九州ファーストゲスト同窓会(その2)





昨年12月17日 にJR九州がホテルニューオータニで開催した「ななつ星in九
州」の同窓会で、同じテーブルに座ったファーストゲスト面々が「我々、ななつ星
の一番列車に乗り合わせた者で同窓会をやりたいね」と口にした。
酔った勢いで 「わかりました、私が幹事をやりましょう」と答えていた。
頭の中には、博 多駅のななつ星専用ラウンジ金星に集合、「ゆふいんの森号」
に乗って由布院入りし、玉の湯で泊まるプランができていた。
同じテーブルにいた唐池 JR九州会長が「であれば私も仲間に加えて」とのあ
りがたい申出があった。
ところが、唐池会長の予定がなかなかつかない。ようやく決まった6月24日。
当初GW明けにでもと思っていたが、その頃に決まっていたら開催できなかった
のかもしれない。
4月16日に震度6を記録した由布院を襲った地震の余韻覚めやらぬ時に、
きっと皆から参加を躊躇する声が上がっただろうから。
何人かの方からはどうされるかとの電話が入っていた。
由布院の無事は電話で確認できていたから、予定通り開催すること にした。
(つづく)
※写真は昨年12月17日開催の「ななつ星同窓会」
Posted by Qさん 大魔人 at
22:17
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