2008年01月21日

由布院・長湯・九重大吊橋視察報告(その4)

直入・長湯温泉・ラムネ温泉・大丸旅館・首藤勝治
観光カリスマであり大分県議会議員、大丸旅館とラムネ温泉のオーナー、首藤勝治氏にお話を伺う予定であったが、時間に遅れてしまい恐縮、息子さんにお話を伺う
首藤氏は湯治場で有名であった大丸旅館の主人で、経営は奥さんに任せ、役場に勤めていた。長湯温泉活性化のため、首藤氏の発想で、町営の外湯〔御前の湯〕を開場した、この設計は由布院美術館を設計した象設計の富田玲子さんで、無国籍、オリエンタル調の素晴らしい建物がヒット、一気に長湯温泉に温泉客が来るようになった。
もともと世界屈指の炭酸泉が縁でドイツの温泉との提携をして九州では知られ、湯治場として昔から文人墨客の訪れる静かな温泉場であった。
圧巻は数年前に開場した〔ラムネ〕温泉、世界一多い炭酸泉、お湯のなかでも体から泡がブツブツ、なんと32度の低温温泉の露天風呂。設計は今業界で話題の、東大教授藤森照信氏、彼の仲間である、赤瀬川隼、などを通じ設計を依頼した。
息子さんの話しによると、溝口Qさん企画の豊岡村で開催した黎明フォーラム?に公演に行った折に浜松市天竜の〔秋野不矩〕美術館を見学、藤森照信の偉大さを知り、どうしてもこの先生の設計でと東大に日参し口説き落としたとの事。
ラムネ温泉は名前といい、外観といい、ビックリ、ユニーク、お風呂に入って、マイッタ、マイッタ。周りは麦畑、夏は蕎麦の花畑。
コンセプトは弥生時代の佐賀県の吉野ヶ里の部落か、ムラか、青森県の三内丸山遺跡の高床式建物か、敵襲を発見するための見張り台か、なんと屋根の上に日本の祝いの象徴、骨太の松ノ木の目印、焼き杉の壁、漆喰の浴槽、屋根は手塗りの銅版、浴槽の入り口は精神統一の為の茶室を思わせる、くぐり戸 まさに 体を洗わず、心を洗う 
もう一度入りたい、後ろ髪を引かれるおもいで大丸旅館へ、これもすばらしい、これはあとで。
32度の低温泉と世界屈指の炭酸泉を、売りとする逆転の発想、気鋭の設計者を口説いた言葉は、露天の寒い時期はなんと農家のビニールハウスの囲い、違和感はない、超閑散期のため混んでいなかったが、シーズンは長蛇由布院・長湯・九重大吊橋視察報告(その4)由布院・長湯・九重大吊橋視察報告(その4)の列でなかなか入浴できないとの事、最大入って50人程度、そして40分以上の長湯が常識とか、これではなかなか入れない
首藤勝治、最初に会ったのは確か七年前の湯布院の路上、大きな、体全体からオーラを発して長湯に造る外湯温泉を熱く語った、圧倒された。今回は自ら造った建築物と、その事業に賭ける熱意と、想いを実現させる力に、またまた圧倒された。
由布院の宿のあり方、料理、雰囲気作り、建物全てにデザイナーが必要ですよといっていた、新江さんの言葉が良く判った。
※写真はラムネ温泉の設計を依頼する動機をつくった藤森照信設計の秋野不矩美術館と首藤勝次氏


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Posted by Qさん 大魔人 at 15:32 │大魔神の旅

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