2015年01月14日
新年の挨拶(その1)



貴方様におかれましては新たな年を迎え、ますます意気 軒昂にお過ごしのこと
とお慶び申し上げます。
昨年二月、母が亡くなりましたため、当方からのお年賀 はご遠慮申しあげました。
ご挨拶が遅れましたこと、改めてお詫び申し上げます。
さて、私ごと。昨年は激動の一年になりました。
前年から続いていたマンション管理組合理事長として大規模修繕を「グレードアップ」
することを住民に約束して、エントランスホールのギャラリー化、フラワーアレンジメント
教室の立ち上げと同時に作品の展示、玄関前の庭のポケットパーク化
、各戸のペアガラス化、防犯機能のアップをすることができました。
同時に管理委託費の増額なしに土日の管理人の設置、施設管理の分離委託をし理
想の形に近づけることができたかと思います。
2月23日の富士山の日のイベントをこなした後の25 日に母の他界。
喪主としての務めと相続を含めた手続きを終え、静岡県庁を早期退職し4月から
富士山のある小山町役場に赴任。
一人暮らしを立ち上げました。家は明治29年に富士紡績の初代社長富田鉄之助翁
の別荘だった建物です。
翁は日銀総裁、東京府知事を務めた超大物です。別荘の名「六合山荘」と名付け
たのが勝海舟と言うのですから
暮らすにも身が引き締まります。(つづく)
※写真は小山町内から見た富士山 役場窓から見た「六合山荘」
Posted by Qさん 大魔人 at 23:04│Comments(0)